東大工学部長・工学系研究科長 光石衛教授のお話です。
日本の、世界の、地球の未来を担う工学。震災後の復興、エネルギー問題、環境問題、いま直面している問題は複雑で多様だが、それらを解決するための現実的なビジョンを描き、豊かな未来を実現させるのはまさにエンジニアの仕事である。日本の工学が果たすべき役割や、工学部が目指す方向性について工学部長・工学系研究科長 光石衛教授に語ってもらった。
学生の皆さんには、これまで人類が連綿と紡いできた夢を科学技術が如何に実現してきたか、また今もそれにチャレンジし続けているかに一度思いを馳せていただきたいと思います。美しくて機能的な建築や都市、高速で快適な移動や輸送手段、高速・大容量の記憶媒体や情報通信技術、先進医療を実現する材料や機器等、人類の夢は身近な物から始まって今もなお、想像や能力を遥かに超えた時間や空間へと広がり続けています。それらの夢を可能にしてきたのは倦まずたゆまず人類が発展させてきた科学技術です。
東京大学工学部では、これまで不可能であったことを実現して未来社会に活力を与えることに挑戦する、創造力溢れる若い皆さんに来ていただきたいと思っています。そして、世界最高水準と自負している優れた環境の下で、大いに皆さんの能力を伸ばしていってもらいたいと期待しています。
画期的な発明やこれまでの技術の応用によって、これまでにできなかった夢を実現させるためには、知識の習得や原理の解明・理解というところで留まっているのでは足りません。新しい科学技術の創成や夢の実現というのは、これまでしていた勉強とは全然違う世界です。皆さんには工学分野の芸術家であって欲しいと思います。そこでは真っ白なキャンバスを相手に絵を描いていく、勇気と大胆な創造性が必要です。深い専門性を持ちながらも、現実の社会の課題にも目を向けて、何が大事であるかを見極め、方向性を問うなど、様々なことを考える余裕を持ち、さらに、各自がこれに挑戦しようという気概と強い意志を持って下さい。
社会にインパクトを与えるようなイノベーションを先導する科学技術の創出においてはいうまでもなく、日々行っているデザインなどの設計においても答えは決して一つではありません。取り組む人のアプローチや考え方・個性によって異なるいくつもの解があります。工学は創造的な学問です。東京大学工学部では、多様な創造性を重視した教育と研究を行っています。科学技術研究においては、これは応用、これは基礎と明確に規定できるものではありません。工学部では専門性を涵養する講義だけでなく、自ら取り組む設計演習、課題解決型プロジェクト演習、見学、インターンシップ、卒業研究などで皆さんの創造性を育むべくサポートしています。
東京大学は19世紀後半に世界で最初に総合大学に工学部を設立し、それ以来、工学部は産業界、官界、学界に多くの優秀な人材を送り出してきました。工学は、活力ある社会を実現する学問であり、これを修めた多くの卒業生の活躍により、日本は世界でも有数の豊かな社会を実現してきました。工学は、普遍的で体系的な知識から、社会の変化と歩調を合わせて常に進歩し続けている技術や経営・政策提言までをも網羅しており、常に発展しています。本冊子では、東京大学工学部の各学科で行われている研究についてわかりやすく紹介していますが、皆さんは現代社会の様々で困難な問題に果敢に挑み、新しい活路を見出していく気概を持って下さい。持続的で豊かな社会を実現するために、工学という学問を深く、かつ広範に理解した上で、自在に操れるようになるところまで修め、将来、産業界、官界、学界などそれぞれにおいて、社会の持続と発展のために活躍することが期待されています。
皆さんはまず各専門分野の基礎をしっかりと修め、課題に真摯に取り組み、自らの専門性を深めて下さい。しかし一方で、現代社会が抱えている課題は、エネルギーや環境の課題に見られるように複数の専門領域の課題が複雑に絡み合っていることも多く、それを正しく理解するためには、一つの専門領域で得た知識の活用だけではなく、複数の専門領域にまたがって物事を見極める必要があります。課題の本質を正しく捉え、いかに対処できるかが今後のイノベーションの鍵を握るのです。皆さんには、拠り所となる専門分野を足掛かりとして知的な基盤を広げることを念頭において、日々学業に取り組んでいかれることを望みます。
皆さんには、今後、世界を舞台にして活躍していくことが期待されています。東京大学工学部はこれに応える講義・実験、最先端の研究、多くの国際教育研究プログラムを用意しています。皆さんには専門力だけではなく、深い教養や倫理観を培い、自ら学ぼうとする意志と旺盛な好奇心、競争を勝ち抜く強い意志、ニーズを感じ取る鋭敏な知性と感性、課題を発見し解決する力、相互に意志の疎通を図るための高いコミュニケーション能力、他文化を相互理解できる包容力などを獲得していっていただきたいと思います。
皆さんが、活力あふれる社会を実現する工学を修め、グローバルに活躍することを期待しています。
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